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人生の落伍者が酒に塗れながらくだらない事を書き連ねます
(2024/04/20)
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(2010/07/16)
久々に挑戦、1時間SSです。
お題は「卵焼き」を選択。
他にティン!と来た物もあったのですが、ほのぼのが書きたかったのでこのお題にしました。
ほのぼのに……なっていると良いなぁ。




「お疲れ様でした~」
「はい、お疲れさまー」
撮影クルーの挨拶によって、にわかに緊張した空気が溶けていく。それに合わせて、私の体からも
ふっと力が抜けていく。
テレビのお仕事は幾つか貰った事があるけれど、まだまだ慣れなくて、どうしても無駄な力が入っちゃう。
「はぅ、もう緊張して体中がガチガチだよ」
そう零す私に、やよいも
「ほんと大変でしたねー!リテイクも何度も出されちゃいますし」
と返す。
その言葉の割に元気に見えるのは少しの陰りも見えないやよいの笑顔のおかげなのだろうけど。
「で、ようやく休憩な訳だけど……」
そこまで口にして、みるみる気持ちがしぼんでいくのが分かる。
原因は単純にして明快。休憩時間に食べる昼食の事だ。
今日のお仕事で仕出しのお弁当が出ない事をすっかり忘れていた私は、プロデューサーさんが
送りの車を出す直前に、慌てて近所のコンビニに駆け込んで適当な菓子パンと飲み物を
買って来ただけなのだ。
ただの昼食と侮るなかれ。アイドルにとってはロケーションを完璧にこなせるかどうかの一大事なのだ。
……他の女の子より食い意地が張っているのは、ちょっとだけ認める。うん。
「あれ、春香さん?暗い顔してどうしたんですか?」
怪訝そうな顔をして、私の顔を覗き込むやよい。どうやら気持ちがしぼんでいっているのが外からでも
分かってしまったみたい。
「実はね、やよい」
そういって、鞄を広げて見せる私。何で落ち込んでいるか、言葉で伝えるよりも
みて貰った方が早いだろうしね。
私の鞄の中身をしばし見つめてから、私に向き直るやよい。と、顔を真っ赤にして
「駄目ですよ春香さん!ご飯は元気の源なんですから!
私のお弁当、分けてあげますからちゃんと食べて下さい」
なんて言ってくるものだから。
「えへへ、じゃあちょっと甘えちゃおうかな」
なんて、年下のやよいにご飯をせがむみたいで格好悪いけど、
ついつい好意に甘えてしまうのだった。

「にしても、やよい、今日のお弁当は自分で作って来たの?」
お弁当箱を開けると俵型に巻いたおにぎりに、タコさんウィンナーや卵焼き、
きんぴらゴボウやポテトサラダが入った、ずいぶん立派なお弁当が出て来た。
「はい。弟たちのお弁当を作るのを手伝ったりで、慣れていますから」
「慣れているっていっても、これだけの物を作るのは大変だったでしょ?」
「えへへ。でも、ポテトサラダやきんぴらは夕食の残りものでしたから、
私が作ったのはタコさんウィンナーと卵焼きくらいですよ」
恥ずかしそうにはにかむやよい。それだって随分立派に私には映る。
私がやよいと同い年だった頃に、同じ事をやって見せろと言われてもきっと出来なかっただろうから。
尊敬のまなざしとでもいうか。あつーい視線を送っていたのがやよいにも気づかれてしまったみたいで、
あわあわと両手を振って見せるやよい。それが微笑ましくて、思わずクスリと笑みがこぼれてしまう。

「でも春香さん、私だって最初からこんなお弁当が作れたわけじゃないですよ!
きっと今みたいになれたのは、卵焼き作りを頑張ったからだと思うんです!」
思い出したように話すやよいに、私は尋ねた。
「卵焼き?」
「はい。私が家族のお弁当作りを手伝うようになって、始めて任されたのは卵焼きを焼く事なんです」
記憶をたどる様に視線を漂わせてから、やよいは話し始めた。
「春香さんも知っていると思いますけど、うちは弟たちが沢山いて。
お母さんの家事も手伝わなきゃって思って、お母さんに何かできないかって聞いたんです」
昔に聞いたことがある。やよいの家は兄弟が沢山いる上に、お父さんが色々と大変で、
家庭を切り盛りするのに大変だって事。
「そしたらお母さんは言ったんです。『まずは、お弁当の卵焼きを作るのを手伝ってね』って」
なるほど、やよいのお弁当作りはお母さんの手伝いから始まったんだ。
「最初のうちは全然上手に出来なくて、ぼそぼそになったり、味付けが上手にできなくなったり」
恥ずかしそうに話して見せるやよい。でも、ちょっとしたら目を輝かせて、
「でも何度も練習しているうちに、上手にできるようになったんです。お母さんやお父さんが褒めてくれるだけじゃなくって、
弟たちも美味しいって言ってくれるようになったんです!」
そう話して見せるやよいは、本当にうれしそうで、今でも大事な思い出なんだってことが分かった。
「だから、私の始めては卵焼きなんです!」
「始めてで、そして原点でもあるのね。やよい、一つ食べてもいい?」
「どうぞ、召しあがれ、春香さん」
やよいの勧めに従って、卵焼きを一切れ口に含む。
柔らかくて甘い味付けの卵焼きは、美味しいとかそれ以前に
やよいらしい味だ、なんてそんな事を思ったのだ。

(了)

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