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人生の落伍者が酒に塗れながらくだらない事を書き連ねます
(2017/03/23)
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(2010/03/06)
ブログには初めての作品投稿になるでしょうか。
某百合m@sのえらい人のレスポンスから一発書きで書き起こした短編SSとなります。


「駅まで歩いて帰りましょう」
そう小鳥さんが提案したのは、俺が受け持つ担当アイドルが無事に
オーディションを通過した事を祝って開かれた、
ささやかな酒宴を終えてからの事だった。

事務所が移転してから、時折足を運ぶようになったダイニングバー。
扉を開け外へ出ると、初春の暖かさが残る風が頬をすっとなでた。

俺の知っている限りでは、東京の空はいつだって市街地の明かりに照らされていて、
静かに眠る事を知らないものだというのに。
この日だけは街は眠ったように静かで、街灯のわずかな明かりを除いては
ひっそりとした闇が取り巻いていた。

空の上には丸く大きな月。月明かりが、静かに青い光を降らせていた。

駅まで向かう道を小鳥さんと並んで歩く。月明かりと途切れ途切れの街灯に照らされ
浮かぶ小鳥さんの顔は透き通っていて、
お酒が回っているはずなのに、白磁のような美しさを思わせた。

アイドルのプロデュースが順調に進んでいる事、次に控える番組の本番の準備が心配半分、
期待半分なんていう
当たり障りの無い話題を交わしながら歩く。勢い会話は途切れ、沈黙が二人の間に
流れたが不思議と居心地は悪く無かった。

ほの白い小鳥さんの横顔をずぅっと見続けていたせいだろうか。それとも、月の光に魅せられたのか。
隣を歩く小鳥さんの手を掴むと、
「月が……綺麗ですね」
そう、聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。

手を握られた小鳥さんは、少しだけ驚いた表情を見せたけど。
すぐに普段と変わらない笑顔をこちらに向けて、にっこりと微笑んだ。
「えぇ、都会の真ん中でこんなに綺麗な月が見られるなんて思ってなかったわ」
「あ、あはは。本当にそうですよね」
思わず口をついて出た言葉、意識せずに動いてしまった体。
全てを咀嚼する程には頭は冷静に回転していなかった。

俺が掴んだ手をそっと目の前に持ち上げて、小鳥さんは言う。
「でも、突然手を掴んで、どうしたんです?ちょっとびっくりしちゃいましたよ」
「そ、それは……。月があんまり綺麗だから、小鳥さんが月にさらわれないようにって」
「ふふふ、ちょっと違うお話が混ざっていますよ」
小鳥さんはいたずらっぽく笑った。

「でも驚いちゃったわ。急に手を握ってきて、『月が綺麗ですね』なんて」
小鳥さんのくりくりとした瞳が俺を覗き込む。さっきまでの沈黙とは別の、
粘度を持った空気が俺たちを包んでいた。
「ねぇプロデューサーさん。どうして月が綺麗だ、なんて尋ねてきたの?私はちょっと鈍感だから、
ちゃんと言葉にしてもらわないとわからないですよ」
小鳥さんはずるい。俺の本心のさらに奥にあるものを知りながら、あえてそれを問い質そうとしている。
そして、気づいてしまった。
俺が小鳥さんの手を握って『月が綺麗だ』なんて語ったのは、ただの気まぐれでもなければ、ましてや
月の魔力に中てられてしまったからでもなくて。
俺の胸の中に、動かし様のない想いがしっかりと居座ってしまったからだって。

「わかりましたよ、そんな小鳥さんのために俺の本心をはっきりと伝えますから」
「はい、分かりやすい言葉でお願いしますね」
柔らかな笑みをたたえて俺と向き合う小鳥さん。俺は静かに口を開いた。


*
俺の言葉は、初春の夜に溶けてしまったけれど、きっと小鳥さんには伝わった。
自惚れだけれどもそう思う。
小鳥さんはにっこりと笑うと、俺の肩に手を回してきた。それに合わせるように、
俺は小鳥さんの腰に手を回す。
二人の顔が近づく。青い光に照らされて伸びた二人の影が重なるのが、アスファルトの上に映っていた。

俺たちの姿を見ていたのは、空に輝く月だけだったろう。

(了) 

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