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今週もやってきました、一時間SSの時間です。
と言う事で一時間SSに挑戦しました。お題は黒南風、白南風。
……ちょっと強引に過ぎる気がしないでもないですが、気にしたら負けです。
ではご笑覧下さいませ。
「すっかり、静かになっちゃいましたね」
そう呟いたやよいちゃんの視線の先には、燕達の子育ての跡。
「まぁ、巣立つまでは日が昇ってから暮れるまで囀る声でうるさいわ、落し物はするわで
面倒な事この上なかったですけれどもね」
苦笑混じりに答えた律子さんの言葉も、どことなく寂しげだ。
丁度、天気予報が南からの梅雨の訪れを告げる頃。
私たちの765プロが入居している雑居ビルにつがいの燕が訪れて、
階段に備え付けてある蛍光灯のひさしに巣を作ったのだ。
生まれたばかりの雛たちの食欲は旺盛で、ひっきりなしに巣と外を行きかう燕の親たちは、
雨の日も晴れの日も変わらずに、階段を昇り降りするビルの人達を驚かせていた。
また、雛たちが食べたものは、必ず外に出ていく訳で。
その……雛たちの落とし物で階段はびっしりと汚れてしまったものだ。
普段は借りている室外……階段や渡り廊下の掃除などは業者の人達に一任してしまうところだったが、
あまりにも見栄えが悪いと言う事で、事務所に残っている私や、律子さんややよいちゃんなど
掃除を積極的に手伝ってくれる子たちで分担して、廊下の掃除にあたったものだ。
「全く、『燕は巣を張った家に福を招いてくれる』なんて迷信、誰が流したのかしら。
親鳥がする以上の面倒事を、私たちが肩代わりしなくちゃならなかったのだから」
うんざりしたような顔で言葉を漏らした律子さんに、
「あれ、その言葉を最初に言い出したのは律子さんじゃなかったでしたっけ」
と返すやよいちゃん。
見る見るうちに耳まで真っ赤にして、次の言葉を探して視線を泳がす律子さんだけれども、私が
「そう言えば、燕の巣にカラスがちょっかいを掛けると言う話を聞いたとたんに、
箒を持って飛び出したかと思えば、辺りを振り回してまわったのはどなたでしたっけ」
と追い打ちをかけたところで、完全に沈黙をしてしまった。ちょっとやり過ぎたかな。
とは言え、律子さんが必要以上に『燕が招いてくる縁』を気にしたのには理由がある事を、私は知っている。
燕達が子育てにいそしんでいた丁度その頃、私たちの事務所でも一つの転機があった。
デビューしてから鳴かず飛ばずのアイドルを続けていた菊地真ちゃんと、萩原雪歩ちゃんのデュオがにわかに注目を集める様に
なったのだ。
中性的な真ちゃんと少女という言葉を形にしたような雪歩ちゃん、勝負勘が良く思い切りのよい真ちゃんと
引っ込み思案で後ろから追いすがって行くタイプの雪歩ちゃん。
キャラクター面でも、性格面でも対になるような二人のアイドルが注目を集める事、それ自体は
両者の歯車がかみ合えばそこまで不思議なことではない。
とは言え、あの時期に二人のデュオが成功を収めるようになった事を、真ちゃんと雪歩ちゃんの関係だけで片づけてしまうには
あまりにも突然だったものだから。
何かしら不可思議な力が働いて成功が訪れたと思うようになっても不思議はない。
律子さんも、その偶然以上のなにかしらを信じたからこそ、燕の巣が荒らされてしまわないようにと
躍起になったのかもしれない。
「さてと、私達も巣立ちの為の準備に戻らないといけませんね。やよいちゃん、律子さん。昔を懐かしむのも良いけれど、
今は目の前に積み重なっている作業に戻りましょう。」
私は、雛たちの居なくなった燕の巣を眺める二人に、事務所に戻るよう促した。
梅雨明けの宣言がテレビで流れる頃。
ビルの近くで餌取りや飛び方の練習をしていた雛たちもいよいよ巣を離れ、戻って来る事は無かった。
丁度雛たちの巣立ちと軌を一にする様に。
不調だったデュオの成功で興行的にも成功した765プロは、事業の拡大を迫られ、
新しいビルへ事務所を移す事が決まったのだった。
私たちはこのビルを巣立って、新しいビルへと移って行く。
丁度燕の雛たちが、このビルから巣立っていったように。
(でも、燕って同じ巣に何年も戻って来るのよね)
だとしたら、私たちがこのビルを離れてからも、あの燕達はこのビルへと戻って来るのだろう。
そして、新しくこのビルを借り受けた人達にも、私たちに転機を運んで来たように幸せを運んで来てくれるのだろうか。
そんな益体も無い事を考え、自然と頬が緩んだ。
(了)