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人生の落伍者が酒に塗れながらくだらない事を書き連ねます
(2024/03/29)
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(2011/11/04)
皆さんごきげんよう。1時間SSに参加させていただきました。

アイドル「天海春香」テーマ「華々しい」を使用させてもらいました。

なんだか私のイメージする高ランクの春香さんとがっちり合ったのか、
(自分にしては)筆が進んだ様な気がします。

それでは、ご笑覧ください。

* * *

たとえば、街の往来を人目を避けるように歩いている時。
たとえば、久しぶりに学校に訪れたときに好奇の視線が私に集まるとき。
たとえば、テレビ局やドラマの収録現場の出入りで人を押し分けなければならなくなったとき。
私は、自分が自分じゃなくなったような錯覚を覚える。
トップアイドル。私の歌った曲が街中で流れない日は無く、街頭のスクリーンにも、
世代を問わないさまざまな雑誌の表紙にも私の顔が踊っている。
憧れていた、とても華々しい舞台なのに。
どうしてだろう。時々言いようもない寂しさを感じるのは。

Blightness and darkness

「おはよう、春香」
「おはようございます、プロデューサーさん」
お仕事がある日の朝には欠かすことなく交わす、わたしとプロデューサーさんとの挨拶。
アイドルを始めてから変わらない、二人の儀式のようなもの。

だけれど、二人を取り巻く環境は知らず知らずのうちに変わって行ってしまっていた。

私をはじめ同期の候補生たちがデビューし、アイドルとしての階段を上って行くうちに
雑居ビルのフロアを何階か借りていただけの私たちの事務所は、
何時の間にかビルを一つまるまる借りるようになり、
そしてついには自分たちのビルを持つまでになっていた。

同じように、担当プロデューサーたちと挨拶を交わしていた同期の女の子たち。
その女の子たちやその子たちのプロデューサーとも顔を合わせる機会が減り、
何時しか挨拶さえ交わすことが稀になってしまった。

「春香、どうしたんだい」
心配げに私の顔を覗き込む、プロデューサーさんの顔。
年の近いお兄ちゃん、と言うべきか。最初に受けた印象はどことなく優しげだけど頼りなさげで、
仕事をこなし一緒の時間を過ごすうちにやっぱりすごい人なんだなと思うようになったけれど、
それでもふとその顔が視界に入ってくるときには、優しげで頼りなさそうという印象を与える、そんな顔。
「なんでもないですってば。それよりも女の子の顔を覗き込むなんてデリカシーが無いですって、プロデューサーさん」
表情を悟られないように、私は憎まれ口をきいてぷいとそっぽを向く。
困ったように軽く頭を掻いて。いつもの通りの優しい顔つきでプロデューサーさんは答える。
「そう?ならいいんだけど」
「それよりも、早くお仕事に出発しましょうよ。スケジュールだって結構立て込んでいるんですし」
出来るだけ顔は見せないように、私は彼の後ろに回ってその背中をぐいぐいと押した。
それもそうだな、とぺらぺらと手帳をめくるプロデューサーさんを
会議室のドアへと押しやった。

「じゃあ出発するよ。春香、シートベルトは締めた?」
「はい、準備万端です」
「それじゃあ出発するよ」
プロデューサーさんの助手席のシートに体を沈めると、するすると静かに車は走り出した。
プロデューサーさんの車に同乗して仕事場にレッスン場、オーディションの会場にスタジオにと
何処へでも一緒に向かうのは私がデビューしてから全く変わっていない。
私がアイドルとして成長していくうちにおんぼろだった小型車は
綺麗なクーペに変わったけれど、
発進から到着まで滑るように静かなプロデューサーさんの運転は変わっていなかった。

変わらない。
ただ、それだけの事なのに。
言いようもなく私を安心させてくれるのはなぜなんだろう。

お濠をぐるりと回るルートへと進入したところで、信号につかまった。
朝早くの仕事となると、会社勤めの人たちと重なって信号につかまってしまう事も良くあるのだ。
私はハンドルに手を乗せ、信号が変わるのをのんびりと待っているプロデューサーさんの横顔を見た。
朝の挨拶の時に見せた表情と変わらない、優しげな表情。
プロデューサーさんの表情が私の心を弛緩させてしまったのだろうか。
私はつい、胸の奥に淀んでいた思いを零してしまった。
「プロデューサーさん」
「どうした、春香」
こちらには顔を向けずに、プロデューサーさんは答える。
「トップアイドルになるって、どういう事なんでしょう」
「……なかなか難しい質問をするね、春香」
「私、少しだけ分からなくなってきたことがあるんです」
「分からない事って言うと」
プロデューサーさんは前を見据えたままだけれど、その声のトーンは少しだけ重みを増していた。
「周りから見える景色も、私を見る視線も、全部昔とは別物になったように感じるんです」
吐き出した言葉に押しつぶされそうになって、私はきゅ、とスカートの裾を掴んだ。
「周りの人が私を見る目も、私が置かれている場所も、昔とは全然違ったものになっているんです。
私は、それがそれが言いようもなく苦しく感じる時があるんです」
「春香……」
「私は私のままなのに、どうしてみんな変わって行ってしまうの――」
最後のほうの言葉はかすれがすれになって、ほとんど声にならない位。
あぁ、涙が出てきちゃいそう。
そう思ったところで、スカートを握るその手を一回り大きな手がそっと柔らかく包んだ。

顔を上げる。ちょっと困ったように笑って、だけどいつもと変わらないプロデューサーさんの笑顔がそこにあった。
「そうだね、春香はそういう子だったね」
子供に言い含めるように、プロデューサーさんは続ける。
「いつも自分と言うものを崩さない。いつだって、自分は『等身大の女の子』であることを願っている」
きゅっ、とプロデューサーさんの私を握る手に少しだけ力が入る。
「春香はもう、普通じゃないんだよ。良いとか悪いとかそう言う価値を抜きにして、普通の女の子とは違う場所に春香は立っているんだ」
私の心を時に冷やし、だけれども心の奥で認めたくなかった事実。それをプロデューサーさんは突きつけてきた。
「それでも春香は、今までどおりにやれる?『歌が好きで、みんなの前で歌いたい』って言う最初の想いを裏切られずにいられる?」
「……分かりません」
「そっか、そうだよね」
へにゃ、と相好を崩してプロデューサーさんは答えた。
「でもね」
プロデューサーさんが私の瞳を見据えて、言う。
「春香が今の立場を寂しいとかと思うなら、出来るだけ俺はそばに居るから。デビューした時と変わらない場所で、春香を見ているから」

ファン、ファン。

後続車のクラクションに煽られて、プロデューサーさんは体を運転席に戻すと自動車を走らせた。
私はプロデューサーさんの言葉にざわついてしまった気持ちを悟られないように、
深く俯いていっそう体をシートに沈めこませた。

私が感じる孤独。それはきっと周りが変わったからじゃなくて、私が変わったから感じるものなのだ。
その事実に私が目を背けていただけなのだ。
でも、プロデューサーさんが一緒ならば。
その孤独にも少しは耐えられるのだろうか。

私たちを乗せた自動車は、目的地へと到着しようとしていた。

(了)
 

一条さんのSSが、後の創作に繋がる事を信じて!(ご愛読ありがとうございました)
 

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